シリコンバレーからカシューナッツ日記


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高橋治さん
2005/07/07 08:41

また映画関係者とも言える方ですが、現在は直木賞作家として知られているでしょう。作家活動の前は映画人でした。小津安二郎さんの助監督として長かった方です。

他にも俳句でも知られていて、また相撲についてもスポーツ紙にコラムを書くこともあるぐらいの相撲ファンのようですし、釣りが書かれている小説が多いことでも知られているようです。

私も相撲には通じているのですが、高橋さんも相撲で知られていることについては、会っていた頃はまったく知りませんでした。

私が住む街の大学には戦争と平和に関する膨大な資料を誇るフーバー研究所があり、日本の戦争と平和に関わる貴重な資料も非常に多くあるので、日本からの人々も資料収集のために来ている人が多いのです。中には、そのために家族連れで滞在する文化人もいたりします。

高橋さんは、奥様である作家の石浜みかるさんとお子様方と家族一緒にパロアルトに滞在されておりました。石浜さんはそのときの体験を「カリフォルニアの素敵な学校」として書いて出版なさいました。

当時スタンフォード大学を通して日本語が日本人に近いほど話せるアメリカ人の大学院生や大学で勤務する人達を多く知る環境にあり、私達夫婦もそういう付き合いが多かったのですが、その関係で、高橋さんご家族とも関わる機会をいただいたのでした。

そのグループのアメリカ人は皆日本文化にも日本文学にも造詣が深く、また典型的なアメリカ人のユーモア好きというところもあって、そういう隔たりを感じさせない雰囲気も高橋さんご家族がこういうアメリカ人たちとの付き合いを楽しんでいた理由だったのではないかと思います。

仲立ちをしていただいた方は、フーバー研究所付属「東アジア図書館」の日本担当副館長だった恵美子モフィットさんだったろうと思います。日本からの図書館資料館利用者は恵美子さんに連絡を取ることになっていました。私達夫婦も恵美子さんに大変お世話になって、家族のように付き合っていただきました。日本から来た家族がしばらく腰を据えて資料を研究するには、アット・ホームな人との関係も大事なことだということだったのだろうと思います。

高橋さんご家族がここに滞在したのは多分一年間だったのではないかと記憶していますが、日本への帰国が迫ったある日、高橋さんの家で開かれたお別れパーティーに私も招かれて、例の賑やかなアメリカ人グループと一緒に賑やかで楽しいひと時を過ごさせていただきました。

その後、そのグループの何人かは、湘南の高橋さんの家にも訪れて旧交を暖めたようです。

また機会があれば、今度は相撲の話でもしたいものだと思います。

カテゴリ:名のある方との思い出

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