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<title>シリコンバレーからカシューナッツ日記</title>
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<description>暗中模索、試行錯誤、紆余曲折で、人生の前半を日本、後半をシリコンバレーで生きてきた自由人のカシューナッツが、内的外的に経験したことどもを、徒然（つれづれ）に書き綴った日記風エッセーのような書き物です。</description>
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<title>小田実さん</title>
<description> もう３５年も昔の東京での話です。実際に一緒に行動したのはその頃のことだったと思います。もっと以前に例の「なんでも見てやろう」で、名前は良く知っていました。ところが、私が知っていたつもりの小田実さんは、「おだみのる」さんでした。かなり小回りの利く行動派だろうと思っていたので、小柄で華奢な体躯を想像していたような気がします。ところが実際の「おだまこと・おださん」は、猫背のような大男でした。それからの私
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<![CDATA[ もう３５年も昔の東京での話です。<br />実際に一緒に行動したのはその頃のことだったと思います。<br /><br />もっと以前に例の「なんでも見てやろう」で、名前は良く知っていました。ところが、私が知っていたつもりの小田実さんは、「おだみのる」さんでした。<br /><br />かなり小回りの利く行動派だろうと思っていたので、小柄で華奢な体躯を想像していたような気がします。ところが実際の「おだまこと・おださん」は、猫背のような大男でした。<br /><br />それからの私のイメージの中の小田さんは、いつも、よれよれの長いトレンチコートかレインコートで大またで歩く、髪がぼさぼさで半端に長髪気味の、眉毛が太く、目が優しくまた鋭く、早口で機関銃のように話す、大きな顔の大男というものでした。今もそのような「小田さん」しか思い出せません。<br /><br />いつも、小田さんの周囲には大勢の人々が群がっていました。楽しそうな人が多かったので、その雰囲気は魅力的なものでした。<br /><br />何度も同室したので、最初の機会がどこでいつだったのかを思い出せません。<br /><br />私の青春時代の記憶の結構な部分は、何か、小田さんと関係していたようにも感じます。私もベトナム戦争には反対でした。小田さんを意識する以前から、ベトナム戦争には反対でした。ジョン・F・ケネディのファンのような気でいながらも、ベトナム戦争には反対でした。<br /><br />小田さんは、本音で生きることの大切さを教えた教師だったと思います。自由を尊重する人だったと思います。反圧制の人として徹底していた人だと思います。反「軍事権力」の人だったと思います。<br /><br />人によって「反」の時にこそ鋭くなる人がいます。「反」の時にこそ力がみなぎる人がいます。小田さんもそんな人だったかも知れません。<br /><br />作家とは、クリエーターでしょう。新しい見方や生き方を示すのでなければ、そしてそれが独自のものでなければ、「作家」ではないということだと思います。そういう意味では、小田さんは、まさに作家として生きた人だったと思います。<br /><br />小田さんのことを「昭和・平成の坂本竜馬」と呼んだ人がいました。そして、小田さんも目指す世の実現を見ずにこの世を去って行きました。<br /><br />今こそ「世直し」が必要なときだと思います。<br />言い出しっぺが始めるしかないというのも、私の耳に残る小田さんの言葉です。<br /><br />小田さんがその自分の言葉をそのまま生きる生き方を示してくれたと思います。また、そういう小田さんを便利だと感じていた人も多かっただろうと思います。<br /><br />小田さんが言い出すまで待っていた人も多かったかも知れませんが、待つ暇も無いぐらい、小田さんの行動力は優れていたようです。<br /><br />小田さん亡くして、今も小田さんの精神は、多くの日本市民に受け継がれ、生き続けているようにも感じます。それは「小田さん」を知らない人にも、「小田さん」を意識したことが無い人の中にも生きているように感じられます。<br /><br />小田さんの生き方から言えば、「小田さん」よりもずっとずっと重要なのは、「小田さん」の考え方や生き方なのだろうと思いますし、「小田さん」の記憶よりもずっとずっと小田さんが大事に感じていたのは、自立した市民が協力し合って実現させる市民社会の方なのだと思います。 ]]>
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<dc:subject>名のある方との思い出</dc:subject>
<dc:date>2007-08-08T11:27:18+09:00</dc:date>
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<title>世界一のワイン生産地</title>
<description> 「世界一のワイン生産地」と聞いてどこを思い浮かべるでしょうか？実は、それが、フランスやイタリアなどのヨーロッパではなく、私が住む北カリフォルニアのことです。特に有名なのが、ナパ・バレーとソノマ・バレーのいわゆる「ワイン・カントリー」と呼ばれる一帯です。日本の旅行案内書の中には、カリフォルニアのワイン・カントリーは、生産量で有名だとか書かれているものもあるようですが、実は、ここは典型的な「量より質」
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<![CDATA[ 「世界一のワイン生産地」と聞いてどこを思い浮かべるでしょうか？<br /><br />実は、それが、フランスやイタリアなどのヨーロッパではなく、私が住む北カリフォルニアのことです。特に有名なのが、ナパ・バレーとソノマ・バレーのいわゆる「ワイン・カントリー」と呼ばれる一帯です。<br /><br />日本の旅行案内書の中には、カリフォルニアのワイン・カントリーは、生産量で有名だとか書かれているものもあるようですが、実は、ここは典型的な「量より質」のワイン産地なのです。<br /><br />歴史的にはソノマ・バレーの方が老舗と言えるのですが、現在の人気はナパ・バレーに集中しているようです。<br /><br />日本からの観光客によく知られているワイナリーは、オーパス・ワン、フランシス・コッポラ（現在の正式名称は「ルビコン・エステート」）、ロバート・モンダビ、といったところに集中しているようですが、実は、もっともっと多くのすばらしいワイナリーがあるところです。<br /><br />ソノマは日本人には比較的知られていないところのようですが、私が日本人観光客をよくお連れするのは、主に二つのワイナリーです。セバスチアニとブエナ・ビスタ。歴史的には無視できないワイナリーでしょう。<br /><br />セバスチアニは彫り物が美しい大樽がいくつも展示されていて、一家族でワイン生産を始めたワイナリーとしては最古のワイナリーというのがうたい文句です。２０世紀の初めに生産を開始したようです。セバスチアニ所有のぶどう園の中には、カリフォルニア最古のワイン用ぶどうである「ミッション種」のぶどうが今も太い幹をみせてぶどうを実らせているようです。これは１９世紀初めに植えられたぶどう園の中で、ただ一本残っている木で、カリフォルニアには珍しく、しっかりとしたぶどう棚が使われています。<br /><br />ブエナ・ビスタは、カリフォルニア最古の商業ベースのワイナリーです。ハンガリー人のアゴストン・ハラスティーが始めたワイナリーで、ここが修道院以外のワイナリーとしては最古のものです。木が茂る山すそに建てられたワイナリーは、山に掘られた洞窟をワイン・セラー（貯蔵庫）として使ってきましたが、近年の地震によって危険な状態になったため、現在は洞窟セラーには入れませんが、外からはのぞくことができるようになっています。<br /><br />試飲室も古い石造りの建物の中にあり、その入り口の右上あたりには、日本の火の見やぐら用に作られたらしい半鐘が吊り下げられています。<br /><br />ワイナリーの人々は、それが日本のものだと知らずに「中国からもたらされた鐘」と信じているようですが、彫られた文字を読むと、あきらかに日本のものです。<br /><br />ワインセラー洞窟を掘ったのは、日本人ではなく、大陸横断鉄道建設のための肉体労働者として渡米した中国人だったということは確かですが。鉄道が完成して仕事がなくなってしまった中国人労働者は、当時の西海岸最大の都市だったサンフランシスコに集まり、結果的には、中国語圏外最大の中華街をつくることになりましたが、その労働力がカリフォルニア・ワインのワイナリー建築にも有効利用されたということです。<br /><br />続きは、またそのうちに。 ]]>
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<dc:subject>地元紹介</dc:subject>
<dc:date>2007-08-05T07:33:40+09:00</dc:date>
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<title>手塚治虫さん</title>
<description> サンフランシスコ市はいくつかの市立美術館を持っていて、私が知っている範囲でも、西洋美術館、近代美術館、アジア美術館、デ・ヤング美術館と、４美術館があります。その内のアジア美術館では、６月から９月までの開催予定期間で、手塚治虫特別展が開催中です。もう十数年前になりますが、カリフォルニア州の州都であるサクラメント市で外務省主催のジャパンデーが開催されたことがあり、当時の文化担当の藤原領事に誘われて、親
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<![CDATA[ サンフランシスコ市はいくつかの市立美術館を持っていて、私が知っている範囲でも、西洋美術館、近代美術館、アジア美術館、デ・ヤング美術館と、４美術館があります。<br /><br />その内のアジア美術館では、６月から９月までの開催予定期間で、手塚治虫特別展が開催中です。<br /><br />もう十数年前になりますが、カリフォルニア州の州都であるサクラメント市で外務省主催のジャパンデーが開催されたことがあり、当時の文化担当の藤原領事に誘われて、親子４人揃って参加しました。<br /><br />その時の招待講演者が手塚治虫さんで、「火の鳥」を上映し、「火の鳥」のテーマについて手塚治虫さんが講演なさいました。<br /><br />一泊して、家族揃って朝食のためにカフェテリアに降りて行くと、藤原領事と手塚治虫さんが一緒に食事をなさっており、領事に挨拶をして私たち家族だけで朝食をするつもりでいたところ、領事に同席するように誘われました。子ども好きの手塚さんが子どもを含めた朝食で楽しめるようにという配慮だったのだろうと思います。<br /><br />せっかくのお招きだったので、お言葉に甘えてご一緒させていただきました。<br /><br />私たちの子ども達は、日本語がほとんどできなかったので、手塚さんは子ども達の機嫌をとるように、子ども達のために、絵を描き始めました。二人の子ども達それぞれのために一枚ずつ、子ども達の名前入りで描かれた絵は、鎧を着た「リボンの騎士」と、幼い「レオ」でした。<br /><br />この二枚の絵は、もちろん、今も私たち家族の宝となっています。<br /><br />一度、日本でコレクターの方と話をする機会があり、その話をしたところ、手塚さんは、そのようなことをすることはほとんど無かった人だったということを言われました。実際にはどうだったのかは分かりませんが、私たちにとっては手放すことのできない宝です。 ]]>
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<dc:subject>名のある方との思い出</dc:subject>
<dc:date>2007-08-05T07:05:18+09:00</dc:date>
<dc:creator>nuts</dc:creator>
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<title>もうすぐハロウィーン</title>
<description> 久しぶりの書き込みです。基本的には毎日の仕事なので、なかなか自由時間を見つけることが難しいのです。ところが、今日は、仕事が休みになったので、時間があります。日本語を第一言語とする観光客向けのサンフランシスコを本拠地にした観光ガイドは、仕事としては楽しく、適度にチャレンジも感じられる面白い仕事です。最近は、信頼度が高まっているのか、難しいと予想される客を任されることが多いようにも感じます。今月の最終
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<![CDATA[ 久しぶりの書き込みです。<br /><br />基本的には毎日の仕事なので、なかなか自由時間を見つけることが難しいのです。ところが、今日は、仕事が休みになったので、時間があります。<br /><br />日本語を第一言語とする観光客向けのサンフランシスコを本拠地にした観光ガイドは、仕事としては楽しく、適度にチャレンジも感じられる面白い仕事です。<br /><br />最近は、信頼度が高まっているのか、難しいと予想される客を任されることが多いようにも感じます。<br /><br />今月の最終日曜日の早朝は、夏時間から冬時間に変わるので、時計の時針を一時間後ろに戻さなければならないことになります。いつもの時間に寝ることにするなら、いつもよりも一時間も余計に寝ていられることになります。<br /><br />そして、３０日の月曜日の夕方からは、ハロウィーンの夜が始まります。現在、町々の商店はハロウィーンの飾り付けで、オレンジ色と白黒の色であふれている状態です。パンプキン・パッチもいろいろなところに店開きしています。これは、オレンジ色のパンプキンを地面にびっしりと並べて売っているところでもあり、子どものための迷路が作られていたりする遊び場にもなっていたりします。<br /><br />月曜日になると、ハロウィーン当日ということで、通勤する人々も仮装のままでの出勤だったりします。会社でも仮装コンテストがあったりします。学校でも仮装パレードで行進したり、ジャッコ・ランターンの出来具合のコンテストがあったりします。<br /><br />夕方からは、主に子どもたちが家々の戸口を回って「トリック・オア・トリート！」と叫んで、甘いものをねだって歩きます。これは「甘いものをくれるか、それともいたずらをされたいか？」という意味になります。トリックの方が、いたずらという意味で、トリートの方が、良い扱いということで、甘いものを貰いたいという意思表示ということになります。<br /><br />私の子ども時代、真夏のお盆の頃、浴衣を着てちょうちんを手に持って、家々の戸口を回って、「ろうそく出せ出せよ。出さぬとかっちゃくぞ。おまけにひっかくぞ。」と脅しながら、ちょうちん用のろうそくを貰って歩いたことを思い出します。<br /><br />アメリカのハロウィーンも、子どもたちが、手に手にジャッコ・ランターンを持っていたりします。中には、中に灯のともったろうそくが立っているランターンを持っている子どもたちもいたりします。ジャッコ・ランターン形の、キャンディーの入れ物になっているものを持っている子どもたちもいます。<br /><br />昔は、手作りの甘いものを上げる家々も少なくなかったのです（クッキーやチョコレート塗りのリンゴなど）が、危険ないたずらをされた被害者がでるような犯罪行為が目立ってきたことから、最近は、マーケットで売られているキャンディーがほとんどということになりました。<br /><br />ある街は、他の街にくらべても非常に熱心にハロウィーンの行事を行っているところもあり、そういう街（住宅街）は、近隣の町々からも大勢の子どもたちが仮装のままで家々を回って、大量のキャンディーをせしめる努力をしているのも目立ちます。<br /><br />経済的に恵まれない家庭にとっては、またとない、おやつ資源を無料獲得するチャンスで、家族揃って集めて歩くような家族も少なくありません。<br /><br />日本でも、最近は、ハロウィーンの行事も目立ってきているようですね。<br /><br />今朝の日本語ニュースでも、ある商店街が熱心にハロウィーンを祝っているところが映っていました。<br /><br />８０年代の初め頃、在日外国人たちが、仮装で山手線に乗って、車両を占領するような形で、仮装パーティーを周回する電車の中で開いたらしいことは聞いていました。その当時が、ハロウィーンが日本でニュースに取り上げられた最初だったかも知れません。<br /><br />冬時間が始まり、ハロウィーンが来ると、あっと言う間に、冬の雰囲気を強く感じられる季節になります。<br /><br />伝統的には、１１月下旬の感謝祭からが、正式（？）なクリスマスの季節ということになるのですが、最近は商店がフライング気味に、感謝祭の飾りつけとクリスマスの飾り付けを並行して行っていたりします。<br /><br />私の娘のロンドン留学中に体験したロンドンでは、１１月の最初の日曜日がクリスマス・シーズンの始まりとして扱われていたようで、商店街でのイルミネーションの点灯式に出会いました。そこには、サンタクロースが団体で集まっていました。<br /><br />ところで、今のサンタクロースの服装は、実は悪魔の服装だったということは、あまり知られていない事実だろうと思います。もともと、サンタクロースは、キリスト教の司教としての祭服姿で、良い子どもたちにプレゼントして、悪い子どもたちは、悪魔が持った大きな袋に吸い込んでしまうという話だったようです。その悪魔の服装が、あのサンタクロースの赤い服装だったそうです。<br /><br />なんとなく、東北のなまはげの習俗を思い出させる話ですね。 ]]>
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<dc:subject>アメリカについて</dc:subject>
<dc:date>2006-10-28T09:57:11+09:00</dc:date>
<dc:creator>nuts</dc:creator>
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<title>サンフランシスコの寒い夏</title>
<description> サンフランシスコはカリフォルニアにあります。これは多くの日本人にも広く知られていることでしょう。ところが、サンフランシスコの夏が「寒い」ことを知っている人はほとんどいないようです。「トム・ソーヤの冒険」や「ハックルベリー・フィンの冒険」で知られる作家のマーク・トウェインの言葉に「私が体験した一番寒い冬は、サンフランシスコの夏だ」というのがあります。それほど、サンフランシスコの夏は寒いものです。実は
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<![CDATA[ サンフランシスコはカリフォルニアにあります。これは多くの日本人にも広く知られていることでしょう。<br /><br />ところが、サンフランシスコの夏が「寒い」ことを知っている人はほとんどいないようです。<br /><br />「トム・ソーヤの冒険」や「ハックルベリー・フィンの冒険」で知られる作家のマーク・トウェインの言葉に「私が体験した一番寒い冬は、サンフランシスコの夏だ」というのがあります。それほど、サンフランシスコの夏は寒いものです。<br /><br />実は私はサンフランシスコには住んだことがありません。この３０年間住んでいるのは、サンフランシスコから高速で４０分ほどのところにある大学町です。この程度離れているだけでも、気温が非常に異なります。サンフランシスコは寒いのに、この街は暑い夏を楽しんでいます。<br /><br />日本からサンフランシスコに来る方々には、まず最初に言うのは、真夏でも真冬でも、サンフランシスコでは重ね着を心がけることです。半袖と長袖と上着は最低必要ですし、上着の上に着る暖かいものも便利です。<br /><br />同じ日でも、寒いときと暑いときがあり、寒いところと暑いところがあるのも日常です。霧に包まれると湿度が高くなり温度が低くなりますし、霧が晴れると湿度が低くなって温度が上昇します。湿度が低ければ日向は暑く日陰は涼しいものですし、山の上や海岸は寒い風が強く吹いているのが普通です。朝夕は寒く、霧の無い日中は暑くなります。<br /><br />三方を水で囲まれているサンフランシスコは、夏と冬の平均気温の差は非常に少ないところです。そのため、一般的には暖かい冬と涼しい夏などと形容されることが多いのですが、そんな単純なものではありません。一年中、重ね着が必要なところです。<br /><br />自分が寒いと感じればもっと着れば良いし、自分が暑いと感じればもっと涼しい服装で対応するしかありません。つまりは自己責任で対応しなければならないようなところであるということになります。<br /><br />真夏でも毛皮のコートを着たければ着るし、真冬でも裸に近い格好でいたければいるということが素直に受け入れられるところ、それがサンフランシスコです。<br /><br />サンフランシスコを訪れる際には、「重ね着」を忘れませんよう。 ]]>
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<dc:subject>地元紹介</dc:subject>
<dc:date>2006-07-22T06:28:59+09:00</dc:date>
<dc:creator>nuts</dc:creator>
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